長野県・佐久市・龍雲寺

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【 概 要 】−龍雲寺は正和元年(1312)、大井美作守玄慶(地頭)が開基となり浄学天仲国師を招いて臨済宗の寺院として創建されています。その後は大井家の菩提寺として歴代当主から庇護され文明16年(1484)の兵火で焼失した際も翌年には大井氏によって再建し、その際、天英祥貞(播磨出身、室町時代の曹洞宗の高僧、京都建仁寺で出家、長源寺の傑伝禅長に師事)を招いて曹洞宗の寺院に改宗しています。戦国時代に入ると武田家が庇護し永禄年間(1558〜70)の兵火で荒廃した龍雲寺を再興、北高禅師(出羽出身、北畠顕家の後裔、京都普門院 甲府大泉寺、越後雲洞庵の住職を歴任、武田信玄、勝頼が帰依した。境内に建立した北高禅師墓碑:総高89cm、無縫塔は長野県指定史跡)を招くと、佐久郡における曹洞宗寺院の中心的な存在となっています。元亀3年(1572)の信玄上洛の際には必勝祈願の千人法幢が行われたとされ、龍雲寺の境内には天正元年(1573)に伊那で病死した信玄の亡骸を埋葬したと伝わっています。昭和6年に発掘調査したところ信玄のものと思われる遺骨(分骨)と短刀(島田助宗作)や袈裟環などの副葬品が発見されています。江戸時代に入ると岩田村藩主から庇護され、本陣のなかった岩村田宿の中で、身分の高い人達の宿所や休憩所にもなっていました。寺宝である古文書は武田文書を中心に貴重なもの38通が佐久市指定文化財(古文書)に指定されています。
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龍雲寺(佐久市):周辺の見所

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