長野県・長野市・善光寺

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【 概 要 】−善光寺の創建は推古10年、現在の長野県飯田市付近出身の本多善光が御告げにより難波の堀江で一光三尊阿弥陀如来像を得て自宅で祀ったのが始まりとされます(現在の元善光寺)。一光三尊像の御利益が広まると勅命により皇極天皇元年現在地に移され長野善光寺が開山しています。宗派を問わず多くの名僧、学識者が参拝、修行に訪れ、時の為政者や歴代領主などから帰依を受け寺運が隆盛し大きな影響力を持ち、天台宗信濃五山(戸隠山の顕光寺・善光寺・更科八幡神宮寺・津金寺光前寺)の1つに数えられられました。 。特に戦国時代はその御利益の為、上杉謙信、武田信玄、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康等が一光三尊像を自領に持ち帰り祀っていました。江戸時代に入ると幕府の庇護から1千石の寺領が安堵され、特に女人救済の寺院として大奥や吉原の花魁などからも信仰されました。現在の本堂は江戸時代中期の宝永4年(1707)に再建された巨大な寺院建築で撞木造、妻入、総檜皮葺、桁桁行16間(約53m)、梁間7間(約24m)、高さ約27m、国宝に指定されている木造寺院建築の中では3番目の規模を誇り極めて貴重である事から国宝に指定されています。山門は入母屋、とち葺、五間三戸、桁行20.4m、梁間8m、高さ18m、長野県最大の楼門建築の遺構として大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。又、銅造阿弥陀如来及び両脇侍立像(前立本尊)・善光寺造営図 (六棟分九図)・源氏物語事書・絹本著色阿弥陀聖衆来迎図、総門など数多くの寺宝を所有しています。一光三尊像は秘仏の為、現在は誰も見た事が無く、前仏として鎌倉時代製作された三尊像が7年に一度御開帳され多くの信者が参拝に訪れます。

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