【 概 要 】−西楽寺は天正2年(1574)に西条氏が開基となり名誉善宝が開山し浄土宗の寺院です。江戸時代に入ると真田信重(埴科藩第2代藩主、初代松代藩主真田信之の3男、2代松代藩主真田信政の弟)が篤く帰依し、正保年間(1645〜1648)に火災により焼失すると信重によって再建されています。慶安元年(1648)2月23日、信重が参勤交代の途中に武蔵国鴻巣で病死しすると、生母とされる小松姫の墓碑がある勝願寺に葬られました。同年、信重の帰依寺である西楽寺に霊廟が造営されその後、信重と正室(鳥居忠政の6女)の位牌が安置されました。現在の西楽寺霊屋は建立当時のもので桁行三間、梁間三間、一重、宝形造、向拝一間、こけら葺 、外壁は真壁造、板張黒漆塗り、向拝と軒下には彫刻と組物が施され極彩色で彩られています。又、建物全体で浄土宗の世界観が表現され、外陣天井には「二対の飛天(天女)」、内陣には須弥壇が設けられ背後には金箔を貼った来迎壁に蓮池、その上部の格天井には「飛天と迦稜頻伽」、両壁には松、鷹などが描かれています。真田信重御霊屋(附:前机1脚・釣燈籠2箇)は昭和46年に国指定重要文化財に指定されています。又、霊屋の本尊である木造阿弥陀如来立像は檜材、寄木造り、像高96.7p、漆箔、彫眼、藤原時代後期と推定される木像で昭和42年に長野市指定重要文化財に指定されています。
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