【 概 要 】−白鳥神社は海野宿に境内を構えています。案内板によると「 この神社は古代天皇の命を奉じて東征の途についた日本武尊が、この地に滞在されたことから白鳥神社と称し、古代から中世の豪族、海野氏の祖と伝わる貞元親王・善淵王・海野広道公を祭神としています。往古より本海野の住民を始め近郷近在の人々より産土神として崇敬の念をあつめ、春と秋には例大祭が行われています。 」とあります。「源平盛衰記」によると、この地(海野白鳥河原)は木曽義仲が治承5年(1181)に平家打倒の挙兵をした地とされ、木曽四天王である樋口、今井、根井、楯氏を始め信州、西上州の武将3000騎が終結したと伝えられ、 奈良時代に海野郷からの献上品が正倉院に残っている事から少なくとも奈良時代には白鳥神社が創建されていたと推定されています。その後、海野の地を本拠として周辺地域を支配した海野氏が崇敬庇護し、海野氏が没落すると、海野氏の後裔を自称する真田家が氏神として崇敬庇護し、真田信之が松代藩(居城:松代城)に移封になると松代城の城下にも白鳥神社の分霊が勧請されています。当地の白鳥神社は寛永2年(1625)に開設された海野宿の産土神として信仰され、又、宿場を利用する旅人や運送関係者なども参拝しました。海野宿の拝殿前にある御神木(樹高30m、幹周5.8m)を始め境内にはけやきや杉などの大木があり"白鳥神社の社叢"として昭和56年に東御市天然記念物に指定されています。
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