元善光寺 |
 概要: 善光寺如来(三尊像)を難波の堀江から御連れした本多善光が最初に祀った場所で、長野善光寺に移る際、1ヶ月のうち半分は当地に戻るとの御告げから、両寺を参拝しなければ「片参り」と云われ信仰を集めました。
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雲彩寺 |
 概要: 正面の山門は明治4年(1871)に廃城となった飯田城の城門が移築されたもので飯田市指定文化財に指定されています。境内背後の高台は当地域最大級の前方後円墳である雲彩寺古墳で、長野県指定史跡に指定されています。 |
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飯田城 |
 概要: 鎌倉時代に地頭だった坂西長由によって築かれた平山城で、松川と谷川に囲われ天然の要害として重要視されました。江戸時代に入ると飯田藩の藩庁が置かれ、領内の中心施設として機能し4つの城門が残されています。
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追手町小学校 |
 概要: 追手町小学校校舎は昭和4年(1929)に建てられた近代学校建築で、鉄筋コンクリート3階建、東西に長く両端は曲線で計画されています。校舎、講堂共に「造形の規範となっているもの」との理由から国登録有形文化財に登録。
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開善寺 |
 概要: 小笠原家の歴代菩提寺として寺運が隆盛しました。往時は京都、鎌倉五山に次ぐ十刹に数えられ禅宗清拙派の根本道場として当地域の中心的な寺院でした。山門、絹本著色八相涅槃図、画文帯四仏四獣鏡が国指定重要文化財。
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